2017年10月21日土曜日

福井県池田町の中学生の自殺「事件」。丸山真男の「抑圧の移譲」を思い出した。

 福井県池田町の町立池田中学校の2年生だった当時14歳の男子生徒が今年3月、校舎から飛び降りて自殺した問題。町の教育委員会が設置した第三者委員会は担任や副担任から繰り返し厳しい指導を受け、追いつめられて自殺したとする調査報告書を先日(10月15日)公表した。
 自殺した中学生に心から冥福を祈りたい。すでに成人したが、同様に子どもを持つ身として親御さんの無念さ、悔しさ、そして「見殺し」にした、周囲の教師や教育委員会の怨念は察してあまりある。
 「死」の代償は、きちんと支払わなければならない。担任、副担任の直接の加害者だけでなく、それを許した面々の責任は、それこそ「命」よりも重い。当然の話だ。Net上には、すでに担任、副担任、校長の名前や顔写真が載っている。それはそれで今回の事態に怒りを感じる人々の溜飲を下げることにはなるが、そうした「私刑」だけでは、問題の本質には迫れないだろう。この「事件」には構造的な問題があるからだ。教師集団というヒエラルヒーの構造的問題だ。
 問題の中学校が福井県の中で「僻地指定校」なのかどうかは分からない。しかし全校生徒40人足らずしかいないとなると、片田舎の小規模校であることには変わりない。校長や担任はそれなりの年齢だ。校長はまだしも担任はなかなか同じ福井県の都市部の学校にはいけなかったのだろう。年齢的には同年代の教師が副校長やあるいは校長になった者もいるに違いない。(ここからはまったくの想像だけど)地方公務員として一定程度の給与の安定がある中で、教師としてのいい意味での情熱が失せていたのかもしれない。俗に言う「事なかれ主義」になるか、あるいは教師とは関係ない趣味に時間もアタマもとられていたかもしれない。悪い方から言うと、ギャンブルや女性、お酒に走るもの。趣味に夢中になるものなどさまざまだ。
 そして女性に新任教諭の副担任。首都圏の4流大学を出て、それでも努力して地元福井県の教師の試験に「合格」した。彼女にある種の幼稚な万能感が目覚めたとしても不思議はない。悪いけどあまりモテそうには見えない彼女は、大学では地味な存在だったのだろう、それを見返したのが県の教員採用試験に受かったことだ。そして赴任した学校。男子に対してある種の「恨み」があったのかもしれない。それが「抑圧の移譲」として、表れた。中学生を相手に「幼稚」な行動に出てしまった。それを自分自身でも止められなかった。(いか続くけど、今はタイムアップ)

 
 
「超国家主義の論理と心理」

2017年10月16日月曜日

那須雪崩事故、高校生8人死亡。「事故の責任」を「再発防止」にすりかえるな。最終報告から

右・猪瀬修一教諭(NETより「引用」)
今年3月、那須連山の茶臼岳で、急斜面をラッセル訓練させられていた高校生らが雪崩に巻き込まれて8人が死亡した事故。検証委員会は本日(10月16日)、最終報告を出した。事故の最大の要因は組織の「危機管理意識の欠如」だとしたうえで、「引率した教員は斜面を登るにしたがって雪崩が起きる危険性を認識できたはずだ」と指摘した。
 当然すぎるくらいの報告だ。しかし検証委員会の人間は、会見で「再発防止につなげたい」と締めくくっていた。
 事故の責任を「再発防止」にすりかえてはいけない。改めて言う。まず業務上過失致死で、ふもとの旅館でぬくぬくと温まっていた栃木県の高校体育連盟の教諭を逮捕すべきだ。バスを運転していて重大な過失で乗客が8人死亡したら、まず逮捕されるだろう。なぜ危険な訓練を行って高校生を死なせた教師が逮捕されない。どうみても法の下の平等とはいえない。登山、それも雪山の山行が、登山をしない者には分からないという事情もあるだろうが、それは勉強不足、認識不足と言わざるを得ない。
 子どもたちの命を預かっているという意識の低い教師たちは、正しく罰せられるべきだ。ニュース報道だと、検証委員会の最終報告を受けて、「警察は、こうした報告も踏まえ、引率した教員の安全管理に問題がなかったか、業務上過失致死傷の疑いで早ければ年内での立件を目指すことにしている」と、言うが、書類送検、在宅起訴などと生ぬるいことは許されない。きちん今後の成り行きを見ていきた。

 誤解のないよう言うが、高校生が冬山に登ることを禁止したり、高校が制限したりすることは絶対反対だ。往々にしてこういう事故が起きると行動を制限する方向に物事が動く。しかし、それは絶対違う。
 危険の可能性があるからこそ、そのリスクをきちっと認識して適切に行動することが求められているのだ。そのために責任ある者は、正しく罰せられることが必要なのだ。処分を曖昧な形で決着させ、高校生登山の冬山を禁止する(すでに禁止されているとも言われている)ようなバカな対応だけは許されない。

 追記:言うまでもなく、高校生の登山活動は、小学生の運動会のピラミッドとはまったく違う性質のものだ。事故があいついだピラミッドは、子どもたちが危険を自ら回避できない状態だ。混同してはいけない。
 ピラミッドに関して言うと、一部のバカな教師が「皆で協力する心が生まれる」「一体感ができる」など安直な考えを持っている結果だ。もっと言うとああいうことをやらせると、子どもたちをコントロールしやすいのだろう。容易に想像がつく。

2017年9月16日土曜日

目からウロコのクラシック音楽。『西洋音楽史』(中公新書)の読書感想文

 いわゆるクラシック音楽は、どうしてコンサートに行ってかしこまって聞かなくてはいけないんだろう。どうして昔のモノばかり演奏するんだろう。どうしてクラシックの現代音楽って耳障りな不協和音ばかりなんだろう。クラシックとポピュラー音楽の本当の違いって何だろう。
 バイオリンを習わされていた小学校低学年のころから、実は疑問に思っていた。もう少し成長してから、メサイアや第9を聴きに行くようになってからも、それ自体は「いい音楽」=耳に心地よい音楽だと思っても、そうした疑問を払しょくできなかった。また、あえて疑問に対して深く探究しようと思わなかったとい面もる。

 しかし、この『西洋音楽史・「クラシック」の黄昏』を読んで、そうした疑問が一挙に解消されたし、それどころかクラシック音楽を、ある意味でより深く聞いてみようという気になった。すごい「良書」だ。これで900円しないんだから、非常にお得ですよ。
 
 これまで気に入った読書のあとは、読みっぱなしにせず、自分なりにノートにまとめてきた。(そんなにに冊数は多くないけど)。この本は、そうしたい衝動にかられたし、ノートというか、自分なりの年表にしてみたと思った。
 聞いている音楽がどの時代の、どういう背景で作られた音楽が知ることは、同じ音楽と聞くのでもずいぶん違う。荘厳すぎるシンフォニー、高度なテクニックが際だつピアノ曲等々。背景を知ると、単純に興味が深まる。
 まあこれは小説の「作品論」より「作家論」に近くなるという点はあり、純粋に作品論的に楽しめなくなるという面がなくはないが、クラシックのシロウトにはちょうどいいかもしれない。
 還暦を前になぜかクラシックを聴くようになったのか。2年前、風邪をきっかけに耳鳴りがするようになり、医者から「耳鳴りは一生治りませんから」と、あっさり告げられ、通勤途中に音楽を聴くようになった。
(耳鳴りは慣れると思ったより気にはならないが、それでもシーンとした部屋にいたりすと、「ああ、耳鳴りしてるんだな」と改めて思うことはしばしばだ。)

 デイブ・グルーシン、リー・リトナー、ジョージ・ベンソン等々とジャズ、ヒュージョン系を聴いていたけど、少々飽きてきたので、ここ半年はクラシックを聴いている。
 (ちなみにランニングする時はサザンやAKB48や荒井由美や中島みゆきを聴いているけど)
 けど、いったいクラシックはどこから聞いていいのかわからない。手始めは以前(と言っても20年以上前だ)購入した「ベストクラシック100」や図書館で借りた、「どこかで聞いたクラシック・ベルリンフィル」など、定番から入った。次に、各作曲家のベスト版を借りて聴く。そして次に、netにある、ご推薦の「ベスト交響曲30」などを上記から順番に聞いていく。
 てなことをやっていくと、当たり前だけどクラシックも、あまり聞いていて面白くないものも多々あることに気付く。まあ聴き方が通勤途上の読書のBGMだから、耳に心地よいものを無意識に選好しているせいでもあるけど。
 で、本の話からそれたけど、この「西洋音楽史」のいいところは、ある作曲家の生きた年代が西洋史の中でどういう時代だったか、この作曲家は、実は○○哲学者と仲良しだった、などエピソードが分かりやすいことにある。
 もちろん著者の文章のうまさ、構成の的確さなど書籍としての完成度も非常に高い。このまま高校の音楽の授業に使える、分かりやすさと深さがある書籍だ。

原子力発電なくしてEV(電気自動車自動車)革命はない

 

東電・柏崎刈羽原発
フランスやイギリス、また中国でも将来ガソリン車の販売を禁止し、電気自動車に移行させる案がここにきて急浮上している。
 排気ガスとして有害物質を出す、化石燃料を使った車から、それ自体はクリーンな電気自動車へシフトさせていこうという世界的潮流は次第に大きくなっている。それはそれでたいへん“良きこと”だ。
 新聞報道もこの自動車社会の将来の動きを先取りした報道になりつつある。しかし、こうした報道(の多くに)、触れてない部分がある。
 当たり前のことだが大量の電気を作りだすには膨大な電力供給が必要だ。そのためには、(現在のところ)原子力発電を抜きには実現できない。これは自明のことだろう。
慶応大学が開発した電気自動車(NETより「引用」)
ガソリン車から電気自動車になっても、その電気を化石燃料で作るのなら、かえって熱効率は悪い。石油を燃やして電気を作るのにも、それを送電するのも、いわゆるエネルギーロスが起きる。車に直接石油(ガソリン)を使った方がはるかに効率がいいのは自明のことだ。
 大量の電気を作りだすには太陽光や風量などだけでは、現在のところとても賄えないのが現実だ。原子力発電の有効利用があって初めてそれは実現するハナシだ。原子力発電は火力に比べて温暖化ガスの排出ははるかに少ない。その意味ではクリーンエネルギーと言っていい。エネルギーとしての有用性と、原発の危険性はきちんと分けて論じ中ればならない。
 東京電力・柏崎刈羽原発の一部に「適合」がなされたが、朝日新聞は社説などで、疑問を呈していた。その部分だけ見ればスジの通った「ご主張」かもしれないが、エネルギー政策全体を、この新聞はどう考えているのか、どうしていくべきなのかという主張はわからない。結局、反原発の人々の「意に沿う報道」でしかないと見えてしまう。それは、一部の知識人にも言えることだけど。
 何も、危険なままで原発をどんどん稼働させろ。福島第一で原発被害に遭われた方々のケアなんていらないと言っているのではない。要はリスクへの覚悟をどこに置くかという問題だ。原発リスクと温暖化リスクのバランスをどこでとるのかとう問題だろう。
 こうした最も根源的な問題に目を向けさせるのが大手メディアの役割なのではないか。そうしたことを避け、原発の部分の問題だけをことさら一番の問題のようにあつかうだけの報道には、トランプさんでなくても「Fake News!」と言いたくなる。

 欧州の電気自動車への移行計画のニュースで、象徴的なったのが、イギリスやフランスが「完全」を目指すのに対して、ドイツは「ディーゼル」は捨てないというような記事だった。これは、ドイツが原発ゼロを目指していることと無関係ではあるまい。反対にフランスなどは原発に積極的だ。

 電気自動車のニュースと原発問題は実は大きくつながっている問題だということ。まずそれを読者(や視聴者)に分かってもらってから、ディテールの報道に入るべきだよ。

トヨタの燃料電池車「mirai」
水素自動車に未来はあるか?
先日、中原街道(東京)を走っているのを見かけて、「オオ・・!」と思った。静かに増えていくんだろう。水素ステーションもすでに2件、知っている。


 

2017年9月9日土曜日

不倫は犯罪なのか? あまりに“大衆的”な山尾氏報道にはウンザリだ。

netより「引用」
『疑惑』とは何を意味するのだろうか。通常、それは犯罪(法を犯すこと)に対して疑いがある場合に、使う言葉なのではないか。少なくとも、、マス・メディアが使用するとすれば。とりわけ放送事業者においては、放送法で、公正中立など様々な規制(その規制は、必ずしもいいとは思わないけど)がある中では、使用に注意すべき言葉だろう。
  
 「不倫疑惑」とは何だ。人の道として決してほめられたことではないけど、それ自体は犯罪でも何でもないし、私生活(それはプライバシーのひとつだ)の上のこと。政治活動とは何のカンケイない。それがあたかも、加計学園の獣医学部新設問題や森友学園小学校建設問題と“同等”か、報道の過剰ぶりからはそれ以上の“重大事件”として扱われている。
 当たり前のことだが、彼女を擁護する気はサラサラないし、どうでもいい。けれど、一連の余りに大衆迎合的報道には、あきれる。

 8日(金)朝、スポーツクラブのテレビでやっていた民放では、Dボタンか何かを使って、①離党すべき、②離党の必要なし、③議員辞職すべき という選択肢のアンケートを行っていた。これには驚いた。テレビ製作者にとっては演出の一貫くらいの軽~いノリなんだろうけど、あまりに馬鹿げたことに、この社会の行く末を心配してしまった。当然というか議員辞職すべきという回答が6割前後(だったと思う)あった。若い女性のキャスター?は、いかにもこれが「世論」、民衆の合意であるかのように、伝えていた。ああこうして大衆世論は作られていくのかという現場を見た思いだ。

 大新聞やNHKなどの正統的(と思われている)報道でも、「疑惑」という言葉が使われていたし、“政治部記者解説”では、民主党への「影響」は「大きい」と強調していた。ここにも、おそらく無意識(前意識)に、大衆の求めることを言うという作用が働いている
のだろう。大衆に引っ張らね、流されていると言っていい。
 メディアの中で、「世間的には問題があるとしても私生活と政治活動のキャリアの評価は分けて見るべきだ」とはっきり言っているものは、見た限りではなかった。本当は、こう言うべきだろうに。だってそうでしょ。
 それは自分に置き換えてみれば当たり前のことだよね。

なぜこういうことになるのか。説明しよう。
文庫版も出ています。
一連の世間の反応に、大衆的な怨嗟や、その裏返しとしてのコンプレックスがあるは明らかだ。東大法学部⇒検事⇒国会議員という経歴、(おそらくは)明晰な頭脳など大衆から見ればそれは手の届かない存在である。だから一層、大衆は彼ら・彼女らに、貞操や道徳手規範を要求し、それをはずれると、あたかも法を犯したような「疑惑」として認識する。単なる「金持ち」ならば、大衆でも小金持ちくらいならなる可能性があるので、それほど「倫理性」を求めないけど、学歴・経歴は、お金では買えない、その人の資質と努力だけで獲得するものだから、余計に大衆の怨嗟の対象になりやすいのだろう。
 大衆は、自身が大衆だということに気付いていない。だから大衆なのだ。オルデカの『大衆の反逆』の中に、ひとりの知的な人間の中にも「大衆性」の部分があることを指摘している。それは確かだ。人間だれしも持っているアンビバレントは側面がある。でもそうした感情を表に出さずに振る舞うのが、知的な人間の振る舞いだ。ゲスな言い方をすれば、他人の下半身問題をことさら騒ぎ立てるのは、それだけ「うらやましい」という思いの裏返しに他ならない。これが大衆なのだろう。
 こうしたことがメディアで続くと、ますますメディアを見なくなってしまう。それでも生活には困らないけど、本当に注目すべきことも見落とすことになりはしないか、自分自身がちょっと心配になってきたけどね。

 一昔前に評判になった「輿論」と「世論」、結局読まなかったけど(書評だけ数種見た)、大衆社会を指摘したものでもあると思います。

2017年8月26日土曜日

日本で最も『無法地帯』な所とは。…死と隣り合わせの恐ろしい場所

netより「引用」
日本で死と隣り合わせの無法地帯は、歌舞伎町でも西成地区でもない。それは高速道路上だ。遵法者が小さくなり無法者が優先される、それがある意味当然のごとくなされているところだ。
 日本の高速道路はいつから制限速度が150㎞/時になったのだろう。
走行車線は100㎞以上、115㎞くらいが今や普通だ。追い越し車線は100㎞で走っている自らの車との相対速度で勘案すると140~150㎞は出している車は頻繁にくる。
 追い越し車線を110㎞くらいで走っていると、車間距離をとらず後ろにぴったりついて威圧する。たいていの車(自身も含めて)はよけることになる。無法者が最優先されることが当然のごとくに。
 なにも、すべて100㎞以下で走らなければならないと、模範警察官の答弁みたいなことは言わない。今の車の性能や安全性から言えば、体感として十分な車間距離や混雑がない状態なら120㎞くらいは、まあ正常な運転だろう。実際、オートクルーズは114㎞を限度に設定できる。他の車を見ているとだいたい同じスピードなので、運輸省の指導かなにかで、この早さが、全車共通なのだろう。それはそれで合理的スピードだと言える。
 しかしだ。150㎞前後で走る車はどう見ても異常だろう。第一に危険だ。またこういう車に限って、車間距離を取らない。一歩間違えば大惨事になる運転であることは間違いない。大谷投手の投球じゃあるまいし、いくらなんで速すぎる。
 かくして高速道路は、危険をかかえた無法者が最優先される日本一の場所と化しているのが実態だ。そう感じている人は少なからずいるのではないだろうか。違反にも限度があろう。それが常識というものだ。 
 「警察はもっと取り締まれ」なんて、バカ老人の叫びみたいなことは言わない。警察だって、高速道路の取り締まりばかりに税金を注げないだろから、限界があることは分かる。ならば効率のいい、安全対策を施すことはできないだろうか。
 たとえばドライブレコーダーを利用して、後ろから煽る車や危険な追い越しをする車の映像が、健全な車から提供されたら、それをもとに「警告」を発することを簡便に行えるなど、税金をかけずにできる方法は考えられるように思う。
 ちなみに我が家の車には後ろにもドライブレコーダーを付けてある。これは前の車につけていた後付のドライブレコーダーが余ったこと。荷台にAC電源があるからでもあるけど、後ろから煽られた時の証拠は残せるようになっている。時間があれば危険な目に遭った時の映像を使って、「告発」できることもできるけど、いまはそんな時間的余裕がないのが残念だ。
 こうしたことを書いていて思い出した本がある。 松本清張の「速力の告発」という短編だ。netで調べると、「分離の時間」というタイトルの文庫に入っている。内容は忘れてしまったが、netによると、「自動車メーカーが交通戦争の凶器を製造しても何も責任をとらないことへの告発」と書いてある。今や自動車メーカーは安全装置で競う時代になっている。松本清張が「速力の告発」を書いた時代からは、本当に隔世の感がありますね。
 それはそれとして、「新・速力の告発」として、この拙文に冠したい。
 
 しつこいようだけど、平穏に暮らし、レジャーに時々高速道路を使用する者にとって、異常なスピードを追求するバカに道をお譲りしなければならないのは何とも理不尽に思います。しかも一歩間違えばそれは死に直結することなんだから。

 こういう輩でいつも思い出すのは、教育学者の苅谷剛彦氏が指摘している、「現在の生活を楽しもうと意識の転換をはかることで、自己の有能感が高まる」(「階層化日本と教育危機」)だ。リテラシーが低い人ほど、自己肯定感、万能感が強いという分析だ。これはいろいろなところで感じることでもある。
 ちょっと関係ないかもしれないけど、もうひとつ思いだしのが、死んだ登山家と生き残っている登山家だ。すでに25年も前のつたない経験だけど、ヒマラヤ登山の同行取材で出会った登山家たちの中で、自信家だった若者は小さな雪崩であっさり死んだ。10人登っていて死んだのは彼ひとりだけだった。今から考えると雪崩というほどのものでもない、限定的な表層雪のスライド程度だったのかもしれない。反対に長く登山家として地道に活躍している知人は。いつも、ある意味で山を怖がっていた。(ように思う)
 正しく怖がることの賢さを、彼は認識していたのだと思う。いろんな意味で尊敬できる人だ。
 どんどん話がそれてしまいますが、まあ高速道路は本当に怖い。正しく怖がって、運転するのが肝要だ。危険を回避するのもひとつの能力だからね。


2017年8月19日土曜日

『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』から考える「祈る平和」への“違和感”。その2

磯田道史氏の『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』が、アサヒの書評欄の「売れてる本」で紹介されていたので、買って読んだ。磯田氏はしばしばNHKのBS放送の歴史番組にも出演する歴史学者で、甘いマスクと平易で親しみやすい語り口で歴史を語る学者だ。
 最初はお手軽本かな?という気持ちで読み始めたが、どうしてどうして、非常に中味の濃い充実した新書だ。Eテレの番組「100分で名著」を加筆修正したものだというが、内容がいいだけにNHK出版も新書化したのだろう。これを1000円以下で購入できるのは絶対オトク。得した気分になる。
 と、まあどうでもいいことから入ったけど、この書籍は立派な「司馬遼太郎論」になっているだけでなく、日本近代史をどうとらえるかという歴史研究書ととらえることもできる。それは加藤陽子氏の『それでも日本は「戦争」を選んだ』にもあい通じる、冷静で公平な歴史認識の提示になっている。
 
 この著書の中で出てくることに、合理主義と対局にある、神頼み、日本人は最後は神が守ってくれるという、盲信が方向性を誤らせたことが指摘されている。もちろんこれは、何も磯田氏が初めて指摘することではないだろうけど、改めて彼の視点で司馬遼太郎の著書を「活用」して伝えてくれている。
 祈ればなんとかなる。神が助けてくれるという日本教(山本七平)的考えが“日本”をオカシナ方向に導いていった。
 このことと、毎年8月に繰り広げられる、祈りの日々、祈りの人々を揶揄するつもりはない。祈りの気持ちはもちろん尊重する。けれど、そうした姿に違和感を覚えるのには、祈ることが、いったんヘンな方向に行くと、「平和を祈る」心情もまったく正反対のものに行きかねない、合理的思考を停止しかねない危険性を感じるからなのだろう。と、自分自身の違和感の「原因」が、磯田氏の本を読んでなんだかわかったように思う。
 
文庫本が出ていました
  言うまでもなく「世界の平和」は強大な軍事力(核の傘)を背景にして成り立っている。それが現実だ。メディアもそのことは十二分に分かっている。ライトもレフトもだ。なのに「祈る平和」はそれとは切り離し、まったく別のものとして扱い報道する。でもそれでいいの?、と感じてしまう。じゃあどうすりゃいいのかという答えは持ち合わせないけど。
 仮に、8月の平和の祈りの一連の行事(6月の沖縄の祈りも含めて)を、祈る平和の考え方はおかしい、もっとリアリズムを子どもに教えるべきた。核の傘があるから平和なんだってことを、なんんて報道を8がつ6日や9日や15日にしたら、そのメディアはどうみられるだろう。マスメディアで最右翼と言われる社でもさすがにそこまではしないだろう。ほとんど読んでないので実際は知らないけど。まあそれが常識的というものだ。
 
 でも、リアリズム、合理的思考に目を背けるのは如何か。祈ることの無力さも認識しなければ、現実を見誤る。それは加藤陽子氏や磯田氏の書著を読むまでもなく、日本が神風を信じて失敗してきた近代と同じだからだ。

netより「引用」
  アメリカでは今でも、原爆が戦争を終わらせたという認識が広く国民に共有されているという。かつて防衛大臣がこの言説を“紹介”したら、失言として世間やメディアから袋叩きにあって、辞任に追い込まれた(と記憶している)ことがあったけど。でもそれは一面の事実なことは確かだ。そういう認識と、「原爆投下の正当化」は分けて考える必要があるだろう。だからこそオバマ大統領(当時)は広島を訪れて献花したのだ。謝罪したかどうかを問うことを被曝者団体もレフトなマスコミも直前のところで抑えた。リアリズムの中で、結果的に出てしまった多くの犠牲者に対して敬意を表したのだ。オバマさんは。そのことに対して、われわれ日本人(という大雑把なくくりはあまり好きではないけど)も敬意を表さなければならない。
 原爆の威力がいかに悲惨な結果を招くか、そのことは伝えていかなければならない。その意味でも8.6や8.9は大きな意義がある。だからこそ、その日を祈りの日にしてはいけない、結果の悲惨さのリアリズムを伝える場にしなければならない。世界の指導者がそのリアリズムを見ることにより核ミサイルのボタンを押すことを思いとどまることが、万にひとつもあるかもしれないから。

2017年8月12日土曜日

私たちはいつまで“慰霊”を続ければいいのか。「正さ」への違和感

今年も8月6日、9日があり、15日が来る。言うまでもなく6日は広島原爆投下、9日は長崎原爆投下、そして15日は「終戦の日」とされる日である。(単に「玉音放送」が流れた日なんだけど)。また加えて、本日(12日)は、日航ジャンボ機の墜落事故の日(32年前)であり、今年も慰霊の登山が行われることが朝のニュースでやっていた。
 親しい肉親を亡くした当事者たちにとっては忘れがたい日であり、慰霊を続けることに大きな意味があるのは、もちろん理解する。先のアジア太平洋戦争を知る当事者の方々もまだ多く存命だ。6日、9日、15日に祈ることは当然であり、その気持ちを否定する気はもちろんない。また原因を作った当事者(国家)が、犠牲になった方々の慰霊を支えることも、もちろん当然のことだ。
 慰霊の気持ちを否定する人はいない(特殊な人々を除いて)だろうし、その意味では「正しいこと」が毎年行われている。だから首相を始め多くの権力者も出席して式典が行われる。そうした基本的認識を持った上でなお、この「正しい」に違和感を持つことは、“異常”なのだろうか。
NETより引用
6日の広島の式典をテレビで見ていてどうしても違和感をぬぐえなかったのは、小学生に宣言させていることだ。当事者の方々にしてみれば原爆の悲惨さを後世に伝え子孫(もうひ孫もいるだろう)世代にも同様に悲惨さを共有してもらいたいという気持ちだと思う。この時期毎年のように新聞やテレビニュースの企画で行われる「語り部」の話も同様の気持ちからだろう。しかしその小学生たちは、ホンネとしてどういう気持ちなのだろうか。
 人の気持ちはそれぞれで一概には言えない。自身を振り返ってみると自分が小学6年生12歳の時は1970年。その72年前というと1898年だ。明治31年だ。
 日清戦争が1894年、日露戦争が1904年だからその間ということになる。この時代を小学校6年生が「原体験をして共有せよ」と言われても正直難しいところがある。もっと言えば、まだ存命だった祖父母から「日清・日露の戦いは・・・」なんて原体験としては聞いたことがなかった。アジア太平洋戦争の終結から25年しかたってないその戦争の話を聞くのが精いっぱいのことだった。
 時代の、いわゆるスピードが違うということもあるだろうし、小熊英二氏が確か6月のアサヒの論壇で指摘していたとおり、いまだに戦後○年とういう表現が使われる背景は戦後は新たな国家が作られたという認識が国民に多く共有されているからかもしれない。
 そういう背景的要因はもちろん認識するけど、それでも12、3歳の小学生に原体験として72年前のことを共有するようにも求めることには違和感を持ってしまう。おそらく大人が書いたであろう「平和宣言」を読み上げる姿を見て考えた正直な気持ちだ。
 当事者の方々は小学生に原爆投下の原体験を共有しろと言っているのではないかもしれない。単に、この出来事をきっかけとして「核なき世界」「平和の尊さ」を学んでほしいから行っている演出だというかもしれない。
 古市憲寿氏が以前、書いていた「平和の記憶から始めればいい」という主張は、私は正しい主張だと思う。
 当事者の方々の「悲惨は状況を忘れないでほしい」という気持ちは、失礼を承知で言えば、ある種の「承認要求」だろう。もちろんその気持ちは大切だし、平和を構築することを考えることは重要だ。でも出来事はいつかは「歴史」になる。歴史を正しく認識するという方法で平和、核兵器、等々を学ぶことは許されないのだろうか。原体験として語られることを引き継ぐことでしか平和は考えられないのだろうか。
国連事務次長 中満泉氏

 今年の広島、長崎の式典には「核兵器禁止条約」の批准に奔走した中満泉国連事務次長も出席していた。それはそれで非常に今日的意味のあることであり、そうした動きを否定するものでは決してない。
 中満氏がかつて言っていたように思うけど「祈る平和もあるけど、積極的に動く平和もある」というような趣旨(間違っていたらすみません)と発言していた。彼女はそれを身を持って動いて実現した人なのだろう。非常に大きなことだと思う。だからと言って祈る平和を否定する訳ではない。もちろん。
 だからこそ例年、メディアが祈る平和を大きくとりあげることに、なおさら違和感を持ってしまうのだ。原体験という呪縛からそろそろ脱してもいいのではないか。歴史として戦争、原爆投下を認識し、そして積極的平和主義に動いていく。そのことの方が大切だ。小学生に「祈る平和」を宣言させることの違和感とはそういうことなのかもしれない。ここまで書いて、やっと自分の気持ちに整理がついた。

 

2017年7月29日土曜日

民主党(民進党)にもう一度チャンスを与えたい。蓮舫は頑張ったと思う。

 蓮舫さんは頑張ったと思うよ。自分が「党首」の器ではないことは重々承知の上で、民進党(民主党)をなんとか浮揚させたいと去年立候補して党首になり、人寄せパンダになることことを決意したんだから。自宅や私生活まで民放のゴールデンタイムで公開して、それはそれで涙ぐましい努力だったと思う。
 でも、力尽きた。主に新聞報道から判断すると、まあどこの世界でもあるんだろうけど、ポストへの妬みなど不満ばかりが目出ち、足を引っ張ることの方が目立った。支持率が上がらない原因はきっとその辺になるんじゃないかな。
 世論の支持があれば不満も控えられるがそれがないから、いろいろ文句言う輩が出てくる。マスコミはそういう声を「拾う」。だって記事になるから。そうするとますます支持率は下がる。いわゆる負のスパイラルということだろう。
 やれ下野した時の党首(総理大臣)が幹事長だの、党首の国籍問題だのといろいろい不平不満を言いつのる人々、風に乗りたいだけで、離党(要するに宗旨替え)してナンとかファーストに行く人など、もともと党を利用していただけの人々。はたから見ていると人間の醜さだけが見えてきてしまう。
 月刊誌『世界』7月号に、玄葉さんなど民主党(民進党)のホープと言われる人々の対談が掲載されていたけど、そういうことはある程度、こうした良識ある人たちには共有されているのはせめてもの救いだ。
 今月のアサヒの論壇でも取り上げられていたっけ。
「自民党の受け皿」という言い方はあまり好きではないけど、政治に緊張感をもたらせ、よりよい方向にこの国(「この国」という言い方も自分ファーストみたいで好きではないけど)を導いいくためにも民進党の存在価値は大きい。好き嫌いは別としてね。だから小異を捨て大同につく度量をもってやっていってもらいたい。(ゴメン、そういいながら先の都議選では民進党候補以外に投票しました。だって民進党候補は当選の可能性がなかったし、魅力のない人だったから)。
 話は少し逸れるけど、安倍首相はどうなんだろうね。この人ほど失敗を糧にして学んだ政治家はいないだろうし、菅のサポートの凄さでもあるけど。こと外交に関してはなかなかやると思った。退任間近のオバマ大統領と真珠湾に行き、和解を演出し、その記憶も新たな時にとってかわって就任前のトランプに合いにいって、飼い犬のごとく尻尾を振ってきたのにはいささか驚いだけど、それはそれでなかなかしたたかだ。トランプへの態度を聞かれて「もっとも重要なパートナーであるアメリカのリーダーに敬意を法するのは当然のことだ」と言っていた。あの安倍が、腰の低いことを言うのは、なかなか大人だと、この件に関しては思ったけどね。
 その安倍もつまらないこと(と、言ったら批判されるけど)でつまずいた。日本の政治家ってその意味では似たりよったりですね。過去には宮沢喜一や加藤紘一のリクルート事件。まあ宮沢は復活したけど。
 よく言われているけど高度成長期でお金がじゃんじゃん入ってくる時に利害調整や利益配分をやっていれば政治になった時代ではない。もう選択肢は狭まっている。その意味では自民党でも民進党でも政策は似たり寄ったりだ。それはしかたない。だから何を選択するではなく、誰にやらすかという選択肢になってきてしまう。
 あまり同じ顔ぶれ同じ政党が続くと、そこにはなれあい癒着、マンネリがはびこる。民進党ももう一度政権を担わせ、政治に緊張感を取り戻すことは必要なことだ。「お部屋の掃除」と同じだよ。
 PKOで「戦闘状態」だったかとか、憲法改正の是非など、どうでもいい。と、言ってしまうとニヒリズムとみられ、良識ある人々からバカ扱いされるけど。あまりそういう問題で先鋭化するのではなくて、党議拘束を解いて平場で議論するくらいの冷静さがほしい。だって周辺の国々はみんなしたたかでしょ。内田樹さんが「街場の中国論」などで書いていたけど、15億人の胃袋を預かっている国の元首の緊張感と島国日本の政治家ではそりゃ違うだろう。ノーテンキな国だよね。
 蓮舫の好き嫌いを別にして、民主党(あえて民主党というけど)にはもう一度頑張ってほしい。鳩山や菅など第一世代のおバカさんたちがいなくなったのだから。
 
 本日は久しぶりに、ここ最近の報道からか感じることを書き殴ってしまった。まあこれが無責任ブログの良さだけど。

2017年7月8日土曜日

「トミンハイム」と「都民ファースト」て発想は同じだね

大田区多摩川の「トミンタワー」
「トミンハイム」という名称の建物が、拙宅の周囲にもいくつかある。大田区の多摩川沿いにある少し高層の大きな建物(トミンタワーと言うらしい)、目黒区の都立大学跡地のパーシモンホール脇、最近発見したのは田園調布の玉川浄水場の脇に建物もトミンハイムだった。
 『都営住宅』という言葉が「良くない」とされ、カタカナでヘンテコな和製英語だかなんだか分からない言葉にすることで、都営住宅の持っているイメージを一新しようという「たくらみ」又は「くわだて」なんだろう。
 都営住宅(市営住宅)は低所得者のために提供される住宅、都営住宅がある学区の学校は「よくない」などと言われる。それが本当かどうかしらなけど。そうした風評をぬぐいさる手立てとして「トミンハウス」なる名称が誕生しただろうことは、想像に難くない。そのことを
 で、これって『都民ファースト』とは、発想や構造がまったく同じじゃないか。言葉をおしゃれにすることで、大衆に「夢や希望」(実は幻想なんだけど)を与えて、期待を持たせる。実態を覆い隠す。
聞きかじりのにわか知識で言うと、ソシュールの言語論で言うところの、「モノが言葉を規定するのではなく、言葉がモノを規定する」(言語論的展開)ということであれば、それなりに効果はあり、為政者が次々に新しい言葉を生み出すたくらみから逃れられないのは、それなりに理解するけど。
 でも、われわれトミンはそれに惑わされてはいけないよね。

しかも「●●ファースト」という言説にはエゴイズムが内在されている。かの国の「アメリカファースト」は、それを言っている人がモロにエゴイズムをむき出してしているから、多くの他の国の人が眉をひそめている。それなのに『都民ファースト』の発想を批判する大手メディアはない。(ように思う)
でもそれは、せんじ詰めれば自分第一主義、エゴイズムということではないの?小池さん。だからと言ってこれまでの既成の自民党中心の政治がいいと言っている訳ではないけど。
 これまでの小池知事の行動は一定程度評価はする。(個人的には好かない人だけど、その思いは排除して)。でも、彼女のやっていること、やろうとしていることは、実はフツーの首長がやっていこうとしている人とそう変わりはないんじゃないかな。豊洲の問題は別として。どんな首長でも、まともな人であれば選挙民である自分の自治体の人々を優先して考える。例えば、自分の自治体にごみ焼却場がないのに他の自治体のためにそれを作る人はないでしょ。トミンハウスじゃなかった、トミンファーストとは、それを、ある意味でうまい表現で言ったに過ぎないし、繰り返しになるけど突き詰めるとそれはエゴイズムに近づいていくということだ。
 しかもこうした言葉に内在されている危険性は、言葉を適用範囲が広がれば広がるほど、曖昧になり、狭めれば狭まるほど、エゴイズムに近づくということだ。小池さんは最近「国民ファースト」と言い始めている。彼女の指す、都民、国民とはどういう人を言うのか。様々な利害関係、それぞれの思いは一様ではない。それらをひとくくりにして、言う時、その人たちの利益はぶつかるでしょ。「世界ファースト」「地球ファースト」と言ってみれば、小学生でもわかるでしょ。言葉として。
 言葉遊びに惑わされてはいけません。トミンのひとりとして、どう受け止めたらいいんだろうかね。まあどうでもいいけど。

(追記)
 ところで、ついでに都営住宅についていろいろ考えてしまった。余りに“豪華”な公営住宅ってどうなのかな。別に、貧乏人に税金で贅沢させるななんて言っている訳ではない。公営住宅を必要としている人は確かに存在するし、行政の施策として公営住宅の供給は確かに必要だろう。しかし希望する人(条件に適って)全員が入れる訳ではない。そこには入りたくても入れない人も出てくる。そうした人は仕方なく民間の住宅に入る。そこには格差が生まれる。一方トミンハイムなどの住宅に入った人はそこがあまりに立派で住み心地がいいと、収入が上がっても出たくなくなる。または頑張って稼ごうというインセンティブが沸かない。つまり勤労意欲をかえって削ぐ結果となる。公営住宅を供給する方は、(税金の許す限り)できるだけ「快適」な住宅を作ってあげようとするだろう。それが碁行政マンの人情だとも言える。けど、それが度を過ぎると公平性の観点から問題が生じる。そのさじ加減が難しい。
 豪華なトミンハイム(内は知らないけど)の存在は、平等とは、とか、公平性とはとかいろいろ考えさせられるものになるね。
 最初に戻るけど、「都民ファースト」も同じでしょ。何をfirestにするのか、よく分からない。いまのところ言葉だけが踊っている。
 豊洲に移転するけど、築地も残すという「計画」は耳には心地よく聞こえるけど、八方美人で移転推進派、反対派どちらにもいい顔しようという発想でしかないのは、フツーの人ならすぐ分かる話だ。
 少なからず都民税をお支払している立場で言うと、なんとも言い難いよね。私も都民なんですけど。

 

小型ザックに悩む。荷物を下し汗をぬぐう一連の動作が重要だよ。

グレゴリー・ズール35
登山に限らずザック(バック)は、ひとつの趣味の領域かもしれない。ハンドバックをいくつも持つ“ご婦人”でなくても、いわば洋服と同じで、その場に合わせていろいろ変えてみたくなる。特に登山用となると実用性が大事だから、その意味でしっくりくるモノが欲しくなる。愚息が石井スポーツ登山本店の壁いっぱいに並べられているザックを指して、あれ全部ほしいと言って、苦笑したけど、そのココロは分かる。(笑い)
 だからザック選びには悩む。特に歳をとってあまりノモを買う金銭的な余裕もなくなってくると、「イッピン」を決断するのにも時間がかかる。
オスプレー・ケストレル38

 と、またしても前置きが長くなってしまったけど、いまの悩みは小型ザック(35~40ℓ)ザックを何を選ぶかということだ。
 去年北岳~間ノ岳往復の“弾丸登山”をした時に背負っていったのは50Lのミレーだった。大きすぎるのは分かっていたけど、他にないからしかたない。大は小を兼ねるで、歩いたけど、やはり使いづらい思いをした。加えて、息子がだんだん成長し、私より多く荷物を持ってくれるようになってきたので、こちらは次第にラクだ。ワッハッハッ・・・。
 どうでもいいことを挿入したけど、下記にこれらのザックを、神田・神保町のビクトリア、ICI石井、などで見た感想を述べる。
グレゴリー・パラゴン38
グレゴリーはちょっと高めだけど、確かに良いザックだ。これまで購入したことはないけどね。今年の中型ザックの特徴は、オスプレーもそうだけど、背中に当たる部分を剛性の強いワイヤーでアーチをつくり、背中とザックの間を中空にして熱や汗を逃がす構造になっていることだろう。(去年はあまりよく見ていないので今年の特徴ではないかもしれないけど)。ズール35(女性モデル=ジェイイド33 or 35 もあり)は、ザックカバーも付属されている。

 ※最近のザックはカバー付属が多い。数年前まではミレーくらいしかなかったように思う。数年前、50Lザックを買う時にミレーを選んだのは肩当てに手をかけるループがあることと、ザックカバーがついていることが結構決めてになった。

オスプレー・ストラスト36
ズール35は1気室で構造的にもシンプル。両側にメッシュのサイドポケットもあり、使い勝手もシンプルに便利だ。初心者にも使い勝手がいいだろう。だから年寄にもいいかもしれない。
 ただ、はやり?の背中の中空構造は、ちょっとどうかなって思ってしまう。暑い都会で見ていると、「これはいいアイデアだ」と思うけど、山でそこまで必要かどうかということだ。
 
 確かに真夏の日中歩くとなると背中に汗をかく。しかししばらく歩いて、汗が気になたらザックをおろし、背中に風を入れて、ひと休みし。タオルで汗をぬぐってまた歩き出す、という一連の動作が山歩きには結構大事なんじゃないかと思う。一息入れるというのは、そういうことだ。次への持続性を保つために。
 
 なるべく休まず、それこそ「弾丸登山」で真夏の炎天下を歩き続けるのなら有効であろうザックの設備って、なんだろうと思ってしまう。一時の流行りにも見えてくる。

 この項目を書くに至った動機は、もちろん「書くことによって考える」ことだ。数々のザックを見て来て、悩みが増すばかり、迷いが増すばかりだからこそ、アタマを整理するために書き始めた。なかなかまとまらず3週間目に突入したけど。
 でも自分が何を書きたいのか、書くことによって分かってきた。そう、今記したように山歩きでは、荷物をおろし、汗をぬぐい、一息入れる動作、所作が結構重要だということに、気付かされたことだ。汗をぬぐう動作を軽減するザックの機能は、もしかしたら余計なにかもしれない。
 ちょっと話は飛ぶけど、村上春樹さんがエッセーで、キャスター付きバックのことを書いていた。外国旅行の経験が多い村上さんは、最近(と言ってもエッセー自体がもうだいぶ前かもしれない)、ガラガラとキャスター付きバックを“引いて”歩く人が多いことを書いていた。そして自分は、そうしたものを持たない、普通のボストンバックで行くと。なぜならばキャスター付きバックは舗装された平坦なところでは非常に有効だけれど、そうでないところでは途端に使い勝手が悪くなる。あることを立てるとあることが立たなくなく。その点ボストンバックは持てばちょっと重いけど、どこでも同じように「運べる」と、いった趣旨だったと思う。全く同感だ。
 よく1つ2役、3役の「便利商品」なるものが、紹介されるが、一時のブームはあっても不思議と定着しているものは少ない(ように思う)。結局モノには1つの機能しか持たせられないんじゃないかな。考えてみると人間も同じようなもので、作家には作家としての機能、企業経営者には企業経営者の機能、それぞれ特化した役割があって、いくつもの機能を併せ持つ人は、ごくまれにはいても、まれだということだ。フツーの人間ならば2つのことは追えないということを思い知ることが大切だね。
 
オスプレー バリアント37
で、結局最後の候補に残っているのが、ロングセラーのオスプレーのバリアントだ。50Lと37Lがある。アックスやクランポンがつけやすいなど、本格派登山家向けだ。ウェストベルトもハーネスを付けて登攀する時のために取り外しが可能になっている。ただ専門登山家でなくても「シンプルだけど機能的」な構造は、結構使い勝手がいいんじゃないかな。先祖帰りではないけど、やっぱりこれにするかな。
 レインカバーは付いていないし、ウェストベルトにポケットもないけど、どこか魅力がある。人間で言えば質素で控えめだけど隠れた魅力があるといったところかな。
実は息子が今年大学山岳部に入ってこの50Lを買った。(というかオヤジが買わされた<笑>)。使い勝手はいいようだ。39歳年上のオヤジもこの37Lに魅力を感じている。

追記:
で、結局ICIでストラスト36の青を買いました。グレゴリーも魅力だったけど、在庫がなかった。人気なんだって。


2017年6月17日土曜日

「最も危険なアメリカ映画」は米近代史の教科書だ。

 最初にアメリカに触れたのは、本多勝一氏の『アメリカ合州国』だったと思う。合衆国ではなく「州」だといちゃもんをつける本多氏の主張は確かにそうだった。そのタイトルだけでなく南部を歩くルポは、若い自分にとって新鮮だった。手元にないのでネットで調べると1981年刊となっている。すでに大学生だったのか。でも未熟な自分は、キング牧師の名と黒人解放くらいは知っていても、それ以上の具体的な出来事やアメリカの暗黒な歴史までの知識はなかった。
 
 「ドライビングMissデイジー」は、1989年の映画だ。
なぜだか印象に残る映画だ。DVDで2回観てしまった。
白人の警察官が「ユダヤ人と黒人の組み合わせか」と嘲笑するセリフが、この映画の背景のすべてを物語っていた。
『ドライビングMissデイジー』
(※追記:この印象深い映画も、見方を変えれば(町山さん的に解釈すると)、白人国家にあって、あるべき控え目で従順な、“模範的”黒人像を描いていると言えなくもない。またそういう見方はある面当たっていると思う。)

 と、前置きが長くなってしまったが、町山さんのこのアメリカ映画を分析した近著は、アメリカを知る上で、最もリアルな本だろう。この本を読んでアメリカの大衆社会のえげつなさと反知性主義の歴史が本当によく分かる。アフリカ系アメリカ人や先住民の苦難の道のりと、今も多くの白人に内在する差別意識など、一言では言い尽くせない豊富な内容だ。
 「バックトゥーザヒューチャー」や「フォレストガンプ」に隠された意図など、アメリカの現実を知ることができる。単純に感動したり、面白がって映画を見ていては、いけないことがわかる。
『さらば白人国家アメリカ』に書かれていたとおもうが、「サイレント・マジョリティー」の意味が、単に物言わぬ多数の人々という意味ではなく、アメリカでは、表立って差別意識を出せず、ホンネを言わない白人の集団を指すこと。ペイリンが言う「リアルなアメリカ人」という言い方が、白人たちを指すことなど、隠語的意味を解説してくれている。
報道では「草の根の保守」としか描かれていない(と思う。少なくともNHKニュースでは)「ティーパーティー」運動が、実はコーク兄弟に操られた運動だったことなど、それこそ「リアル」なアメリカが分かる。
 一読の価値あり。内容から言って1400円は非常にお買い得!
 

アメリカの“ルポ”というかフィールドワークで興味深いのは、もちろん渡辺靖さんの一連の著書だ。でも渡辺さんの本では補いきれないものが町山さんの本にはある。

ちなみに「アフターアメリカ」はこれはこれで、大変いい書籍だ。




2017年6月3日土曜日

春スキーの醍醐味。鳥海山ロングコース(湯の台~)

 バックカントリー(BC)スキーと言うのだろう。“最近”の言い方では。
来年還暦を迎える身としては山スキーという言い方の方がすっきりするけど、まあそれはどうでもいい。
2017年の大型連休は全国的にほぼ天候に恵まれた。5月4日、今年大学生になった息子と、鳥海山の湯の台から山スキーに出かけた。ここ数年ですばらいい経験が出来た。
登りは7時間半、下り1時間半という苦行だったけと、本当によかった。鳥海山(このブログの表紙でもある)風景を、7年ぶりにナマで見た。

※以下に記すのは登攀記録ではない。単なるスキー登山の感想記だ。そのつもりで“見て”ね。

 山形県の旧八幡町(現在は酒田市と合併)の湯の台から鳥海山を目指すコースは、道路の除雪がされていないので、かなり下から歩きださなければならない。今回は牧場地帯の上、標高660mからの登山となった。
 前日酒田駅前に宿をとり、(バイクツーリングや工事関係者向けのビジネスホテル)、朝4時ずぎに出発、1時間ほど車を走らせて湯の台を目指す。休暇村との分岐点を右折して牧場脇をしばらく行くと、すでに15台ほどの車が道端にとめてあった。この先はまだ雪が残っていて進めない。車をとめて準備にかかる。食料(コンビニで買ったおにぎりを2つづつとフリーズドライの野菜スープ。さばのレトルト、あとは行動食などだ。
息子と2人で山に行くのは何度目だろう。去年の夏の北岳、一昨年は受験で行かず。その前が剱と槍。山スキーでは月山にも行った。
 スキーとシール、ストック、息子は一応アックス(ピッケル)も持つ。クランポン(アイゼン)は12本爪と6本爪の両方を用意してきたが、6本爪を持っていくことにする。
ストックは普通のゲレンデスキー用のものだ。
 5時半前後に歩き出す。車道に雪が残っているので歩き出しからスキーをつけてシール登行を始める人もいたが、我々はスキーはかついで歩く。九十九折の道をショートカットしながら登っていくが、いまいちコース取りが難しい。ガイドブックにある「宮様コース」をうまく見つけられず方向的には(山頂を向いて)右のずれた所を登ってしまったみたいだ。それでも尾根を間違えた訳ではないので、すこしトラバースしてコースを修正すると、ブナ林を切り開いた「宮様コース」(だと思われる)ところに出た。皇室が滑るというだけで木を伐採してコースを作ってしまうということが、時代とはいいえすごい発想だ。(これで思い出したのが、もう10年以上も前のことだけど、天皇が出席する全国植樹祭を行うある県が、会場の整備のために“違法伐採”をして整えたという“事件”のニュースを思い出した)
 結構急な宮様コースをツボ足で直登すると緩やかな尾根のとりつきに出た。そこからまたしばらく登ると、滝乃小屋にたどり着く。
ここで初めてシール登行にした。結構くたびれた。登り始めから滝の小屋まで2時間半。けっこう道のりは長い。滝の小屋の裏手に出ると鳥海山の山容が一望できる。独立峰の雄大な白い世界が広がっている。空は雲ひとつない青一色だ。これほどの晴天に恵まれた登山は記憶にない(笑)。ここからはどこを登っても外輪山につけそうだ。我々は左に巻きながら尾根を登っていった。
新山方向を見る。登っている“物好き“がいるよ(笑)
  ここからのスキー登行が、けっこう長かった。遮るものがほとんどない雄大なフィールドは広くも見えるし、すぐ行けそうな気もする。しかしスキーを上へ上へと滑らせながらも意外に遠い。途中から急登になってくる。外輪山に正午まで着くことを目標にしていたが、ちょっと難しくなってきた。午前11時過ぎ、腹もだいぶ減ったので「お昼にしよう」と息子に言ったら、ちょっと「えッ」と意外なカオをされた。トホホ。でも同意してくれて、まだ登りを残しながら板をはずし靴を緩めて、休憩をとる。コンビニで買ったおにぎり2つと、お湯を沸かしてフリーズドライの具だくさん野菜スープ、アンパン、それだけでは足りずウィダーのジェル、まだまだ入りそうだけど、あまりくつろぎすぎるとその先に進めないので、我慢する。20分くらいの休憩だったろうか。ここからはアイゼンをつけて再びスキーを担いでの登山になった。
19歳になった息子と
それでも1時間ちょっとだったろうか。地図を正確に読める息子に、もうすぐだと励まされながら1時前に外輪山にたどりつく。この時の喜び、達成感は、本当に何物にも代えがたい。 この日のために、日々、嫌いな筋トレをして、ランニングをして、水泳してるんだから。
風がものすごく強かった。息子はここから伏拝岳(2035m)まで往復する。こちらはちょっと気力が出ず、そこに留まった。午後1時すぎだったと思う、シールをはずし、

もう、だいぶ下ってきたところ
いよいよ滑る。ほとんど誰もいない広大なフィールド。雪は締まっていて起伏もほとんどなく非常に滑りやすい。問題なのはこちらの足の疲れだけだ。なんて楽しいんだろう。
 適度な緊張と楽しさ、一気にという訳にはいかないけど、大回り、小回りとどんどん高度を下げていく。さっきまでいた外輪山ははるか遠くになった。
鳥海山から臨む日本海
登ってきた宮様コースを下り、ブッシュを抜けて、そして道をを歩いて1時間半ほどで車までたどり着く。ホッ。


左の写真は外輪山付近から見た日本海。このブログの巻頭写真と同じような位置からだ。
季節は違うものの、変わらぬように見える風景はなつかしい。
 でも実は、中味は変わっているのかもしれない。同じように見える水田も休耕田が増えたり、海の表面は同じように見えるけど、水産資源は激変しているかもしれない。
 山も同じだ。以前と同じようにみえるが実は異常気象の影響で植生が変わってきているのかもしれない。
鳥海山はイヌワシの生息地だ。(「だった」と、過去形かもしれない)。90年代、西武鉄道がここにロープウェイをかけようとして、大きな問題になった。人口減少、高齢化になやむ旧八幡町は本心ではかなり乗り気だった。でも自然環境保護の高まりなどで、反対運動も活発化し、結局この時は西武はやめた。その後の西武鉄道の凋落はみてのとおりだろう。あのころ、西武は東北で、第2の雫石や安比をねらっていたのだろう。秋田県阿仁町でも同じような騒動が起きた。しかしそうした時代はもう過去のものになった。
 自然を楽しむことはロープウェイをかけることではない。ただこうした自然をもっと身近に感じられる方策は、もう少し知恵を絞ってもいいかもしれないけど。